今、2019年、時は礼和の時代となった。

私(管理人)には、厚みのある釣りの思い出がたくさんある。

上の写真は今から、10年ほど前に釣った魚。

当時も今も、「混ざった鮒」と呼んでいる。

夕方になっても、暗くなっても、「釣りたい」、、、、とうとう、釣り上げた時は真っ暗でヽ(´Д`;)ノ。

外灯に照らせれたオレンジ色の鮒、僕には金色に見え、、少し、寒かった。

秋の思い出であり、その静寂の中に輝く楽しさと嬉しさがあった。

そして、そこに「釣り」を感じた。

魚種は2番目、3番目以下、この感じ、熱い感じがイイんだよね。

人によっては「ヘラブナ」「半ベラ」「型不足」など色々と言うだろうけど、それでも、自分を感動させた魚種と向き合う。

礼和時代、今はご存知の通り、日本古来の淡水魚にとって壊滅的な自然環境、生息状況である。

淡水で魚を釣る、という喜びが貴重、いつか、環境の変化と共に無くなるのではと不安に思う。

「いつまでも、釣りの楽しさが続いてほしい」。

しかし、釣り人の心を満たすような魚種の品種改良には(商業ルールが大きくあるだろうが)反対をする。

このサイトでは、ヘラブナと半ベラを兄弟、子孫の関係と人間関係を真似して表現をした。

管理人の不備な伝え方を反省するが1卵性の双子のような関係ではなく普通に色々な形が生まれと思って欲しい。

それに優劣を加えることに疑問を持つ。

ヘラブナ釣り自体が「形の良い鮒を釣る」という釣りの観念に支配されているのだろうか。

礼和の時代には釣りの楽しみは複数あり、それぞれが並立して楽しいという解釈になればいい。

それが昭和期の書籍が紹介しているように、キング オブ ホビー の意識だと思う。

道具、餌、技、形、風景など、それぞれの釣り人が、己が決めた釣りを己の道で楽しんでほしい。

自然環境を後世に残せるように各々が励む中で「ヘラブナ釣り」を続けたい。

昭和30年代から今に至るヘラブナ本をめくり、めくり、、このサイトを作った。

しかし、書籍がいつか無くなるかも?初期モデルという「ヘラブナ」が次第に不明になるだろう。

そして、ゲンゴロウ鮒と「不明な鮒」との「かけ合わせ」がヘラブナだという説明が困難になると思う。

写真が無くなるから、検証もできなく証拠が無くなり、物語となってしまう。

それほど写真のヘラブナは品種改良が進んだ事実を物語る。

希望になるが、礼和の釣りは前世とつながっている要素を無くさないでほしい。

祖父に聞けば、、、何となくわかる。その範囲の釣りになればと思う。

今日も明日も、竹はあり、動物の羽があり、虫などの餌があるはずだ。

そして、そこに釣り人、「私」や「あなた」がいる。

釣りの心を持って、釣り場に行き楽しもう。

「こんにちわ、管理人のコドクです」。

私の手元には昭和期のヘラブナに関する書籍と平成期の魚類図鑑や鮒の研究報告書がある。

2009年、琵琶湖原産の鮒が絶滅危惧魚種に指定を受けた。

しかし、ヘラブナは危惧種にはならなかった。

それはヘラブナがゲンゴロウブナの飼育種であり品種改良を受けているからである。

品種改良には「純化」や「かけあわせ」などいくつかの方法があり単に大型のゲンゴロウ鮒を集めて飼育、養殖するならヘラブナは「ゲンゴロウ鮒」である。だが何かしら不明な鮒と「かけあわせ」を行なえば当然、交配種である。

いわゆる雑種であり、交雑は優性、劣性、中間などの形相の変化があらわれるようになった。

時に雑種強勢と呼ばれる両親のイイ所どりのような生み出される事もある。しかし、それは一世代のみの事で次世代には続かない要素も含まれるようだ。専門家では無いので、おおよそ、高校生の延長のような独論でありますが琵琶湖という限られた水域で生息の分離が純種を生み、純種は長い年月をかけた自然淘汰による種の固定させた。

昭和期のヘラブナ釣りの解説書には「大型ゲンゴロウ鮒を集めて純化させ育種する」と養殖、飼育方法の説明が書籍で紹介されている。この、純化というのが生息範囲の固定、限定を加速させる。だが、平成期になりヘラブナは絶滅危惧種にならなかったので改良方法のそれは「ゲンゴロウ鮒」の純化ではなく「かけあわせ」であろう。

果たしてゲンゴロウ鮒に何を「交配させたのか?」、どんな品種改良を行ったのか。

それが管理人の疑問であり、なぜ、専門家達は養殖方法を発表せず、詳細ではないにしろ、俗にいう「半ベラ論争」を終わらせるように「ヘラブナは交配種であり、その子孫はいくつかの形相を表す。」と発表しなかったのか。

2009年、絶滅リストに入らなかった時がその発表の機会になったと思うが。

ヘラブナは既に鰓葉が中間の80でゲンゴロウ鮒と他の鮒との改良種である。」と発表しなかったのか。

そして、育種方法は幾つかあり養殖業者によって親魚の違いにより鮒の形が違う。と発表できなかったのか。

どうして、、、(;>_<;)

放流バッチを付けた釣り師が、ヘラブナを求めるも、半ベラを雑魚扱いしている。

ヘラブナは交雑魚と予想するが、半べらは雑魚となる。

一体、ヘラブナを放流した者達が、その子孫たる格好の悪い、俗に言う「半ベラ」を雑魚扱いするのはなぜか。

ある者は猫の餌にしたり、色々と粗末にしたりと、泣けてくる。(;>_<;)。

だから、私は釣り場の先輩釣り師よりも昭和期の書籍の情報を優先している。

それを見ると昭和期のヘラブナの写真は国産の鮒ではなく海外の鮒との交配、形相が強く映っている

特にそれは、海外の鮒であって、おおきく分ければ、「金魚の鮒」・「ヨーロッパの鮒」である。

外観的な特徴は例えば、側線鱗は31枚以下、33枚以上などで体色や鱗の光沢が違う。

他に外観だけではなく金魚のように柔らかい。鯉のように硬い。など、その特徴を釣り人は知っていると思う。

今、半ベラを一枚一枚、その分別、判断をする必要もなく、鰓葉を解剖することも無い。

しかし、半ベラの発生理由は詳細にしたほうがよいと思う。

そして、絶滅の危険がある貴重な鮒であるから、ヘラブナも半ベラも大事にすべきと思う。

半ベラ論争の核心は「不明な鮒(色々な親魚の可能性)とゲンゴロウ鮒を交配したことで色々な形相、性質が乱立し各地で繁殖し、その理由をヘラブナが交雑魚であると公表しなかった」がその核心であると思う。

なぜ、公表しなかったのか。その現状を検討すべきと思う。

このサイトでは管理人の独論として以下を伝えるが、食用目的や資源保護目的の放流だと理解するも、釣り人の間にある「魚種の選別や魚種への無礼さは何か」という根源的な疑問、その独論がある。

以下、繰り返し、管理者の独論を主張するが魚種の人工的な操作をすべきではないと思っている。

礼和の時代、再び、自然豊かな環境で絶滅の危険、不安のない時代、その中でヘラブナ釣りを楽しみたいとと思っている。

・ゲンゴロウ鮒と不明な鮒の子どもが「ヘラブナ」(合い鮒)である。

・半ベラは主に「ヘラブナとヘラブナとの子ども」。

・ハーフはヘラブナと海外鮒との子ども。

・メス、オスがはっきりしない鮒は遺伝子(品種改良)改良を受けた鮒?。

・ヘラブナの育種方法は複数あり養殖所により親魚が違うから魚体が変わる。

・将来、絶滅危惧種の「ゲンゴロウ鮒」の代わりの親魚は?。

そんな疑問は解消されず、そして放流をおこない全国に移植をし魚体の違いを「地べら」と呼んだのかもしれない。

しかし、自然環境や産卵場所が原因と説明を行い放流ベラが産卵、繁殖すると「交配種だから遺伝の法則どうりの形相変化がある」と人工交配の史実をあらわさなかったのか。

そうであれば、半ベラは猫の餌のような状況にはならなかったであろう。

管理人は、へらぶな釣りが日本伝統の文化を受けていると信じている。

ヘラブナ釣りの楽しさは「釣り方、道具、場所、餌、など自分の感覚を充分に使う点」であると思う。

今、個人的にヘラブナ釣りを楽しめているので疑問なく続けているが、今後、昭和期のヘラブナ釣りの書籍、写真が次第に無くなり、ヘラブナ釣りの土台になる文化的な側面、主軸を紹介される機会が減ったらどうなるのだろうか。

国会図書館には残るも、このサイトは昭和期のヘラブナ本を土台に管理人の独論を追加し展開しています。

初めて釣ったヘラブナの感動が強く残り40年ほどそれを続けている。

今、将来へ、釣りの楽しさ、出会える魚との感動を伝えたい。

管理され過ぎないフィールドで魚と向き合う楽しみ、その一心でサイトを作っている。

今、ブラックバス、アメリカナマズ、ブルーギルなど再放流禁止を受けている魚種は多い。

ヘラブナ誕生の歴史を見る時、ヘラブナ釣りも又、海外の魚種を利用しているかもしれない。

その土壌の上で、釣り人同士の意識を作れないだろうか。

そんな予想を含め「礼和の時代、ヘラブナ釣り」を展望したい。

それは自分が感じたヘラブナへの誤解、それを表すことから始まるであろう。

自分も又、そうであったように魚種への理解をすすめ、気分のよいヘラブナ釣りが続けたい。

そんな思いでサイトを作っています。

農薬、排水など鮒の生息環境は悪化をし生存する貴重で大事な鮒だと思う。

「半ベラが釣れる」時、「わざわざ、遠く琵琶湖から離れたこの場所に放流され、繁殖した放流ベラの祖先、子孫様、今日もありがとうございます。リリースします。」と手を合わせ感謝する。

・・・・・。(;>_<;)・(;>_<;)

どうぞ、閲覧を楽しんでください。

ふと、ヘラブナのプランクトンを食べる特徴はどこに行ったの?と、聞かれたら、昔も今も、ヘラブナは赤虫やミミズ(水生動物)をも食べるよ。と、普通に答えられるだろう。

「え!、、。」そんな釣りが「礼和のヘラブナ釣り」の側面だと思っている。

ヘラブナ釣りは楽しい。

これが「私の礼和のヘラブナ釣り」である。

そして、合わせ含め人工的に交配させ人工的に移入、放流させ、その子孫、兄弟を「半ベラ」などど区別的に呼び、そんな文化背景があると、説明を釣り人同士で伝えられないか?

子供や孫に、このような現状とその由来を説明、理解を求め受容された後、確固としたヘラブナ釣り風土ができるのだと思う。

礼和の時代、このような伝承を残す事も、過去を知る「釣り人」の責任だとも思える。

① 数釣り ② 大きさ釣り ③ (型崩れでも)放流したヘラブナを釣り続ける釣り

と、第3派に成る事を目標にしたい。